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「外浦」と呼ばれる日本海に面した能登半島の沿岸部は、能登半島地震と能登半島豪雨による二重被災を受け、土砂崩れなどで多くの道路が寸断された地域です。外浦にある珠洲市大谷地区では906人いた人口(2023年7月)が半分以下にまでに減少しましたが、震災以降、若者が5人も移住しています。

坂口彩夏(さかぐち・あやな)さんは、ボランティアをきっかけに大谷地区に暮らすことになった、大谷町では最初の移住者。災害ボランティアの受け入れリーダーとしても活動し、地域のムードメーカーのような存在でもあります。公費解体の終わりが見え、まちの風景が大きく変わり、復興が次のフェーズに入ろうとしている現在。これまでの歩みをたどるように、この2年間を時系列で振り返ってもらいました。

聞き手・構成:川村庸子 写真:橋本貴雄

収録日:2025年10月30日



2024年3月  小さく前に進むお手伝い

ここ数年、演出家の藤原佳奈さんと一緒に作品をつくったりしていて、そもそも人が対話する場ってなんだろうというようなことを考えているんです。もともとわたしは演劇が好きで芝居をはじめたわけじゃなくて、コミュニケーションによって起こる場に興味がありました。

そんななか、2023年10月27日にイスラエルによるガザ侵攻がはじまって、そのことが大きくて、何もできなくなってしまって、初めてデモに行くようになりました。自分の身の回りのこと以外のことに想像力を働かせるのが表現者の仕事なのに、これまでちゃんとできてなかったなって思うようになったんですね。それで、こんなんじゃ駄目だと思って、この世界で起きていることをちゃんと知って、できることを一つひとつやって行こうと思った矢先に、2024年1月1日の能登半島地震がありました。

だから、これまでの震災よりも自分にとっては身近な出来事に感じて、Xで「ボランティア行くな論争」を見てすごくもやもやしたけれど、いま行くと迷惑をかけると思ってしまってすぐには現地に行けなかったんですよ。でもやっぱり気になって、3月31日から2日間、「輪島セントラルキッチン」の炊き出しのお手伝いで輪島市に、3日目は自分たちだけで珠洲市立大谷小中学校に炊き出しに行きました。そのときはまだ水も使えない状態で、ひたすら野菜を切って、大量の仕込みをしました。

それまでボランティアに対して苦手意識があったのですが、実際に行ってみたら、青空のなかで人と喋りながらごぼうを一日洗う時間が豊かすぎて、それが誰かの助けにもなって、なんだか自分が癒される感じがあったんですよね。それに災害用のトイレがいろいろあったりして、もし自分の暮らす地域が被災したときにどう行動するかも学べるし、自分にとってプラスになることの方が多くて、申し訳ないくらい。

でも、小さなこどもがいるとガラスが落ちていたりして危なくて片付けが進まないから「こどもを見てくれるだけで助かる」って言ってくれる人がいたり、ボランティアを呼ぶ前にどこに何があるか把握したいから手伝ってほしいという人がいたり、小さなお手伝いが必要だと感じました。「被災者」対「ボランティア」じゃなくて、「人」対「人」として出会えた方が、小さく前に進めたり、ほっとできたりするんじゃないかなと思って。

実は、ボランティアに行く前にSNSで寄付を呼びかけたんですよ。自腹だと十分な支援ができないんじゃないかと思って。そうしたら、25万円も集まってびっくりしました。やっぱり気になってる人が多いんだな、そういう人たちが自分たちを信頼してくれたんだなって。だからこのお金を無駄にはしちゃいけないと思いました。でも、現地ではモノは溢れているけれど人手が足りない状況で、使い道を迷ったんです。そうしたら、ボランティアで出会った東日本大震災から支援活動を行っている人が「一番いい支援は長く続けることだよ」って言ってくれて、次回の交通費にすることに決めました。それで、小さなお手伝いをして、外からかかわる人を増やそうということになり、藤原さんと「能登伴走のつどい」という活動をはじめることになりました。

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炊き出しの風景 撮影:坂口彩夏